underground記

音楽ユニットUnderground CAFEの★MARCO★(マコと読む)がつれづれに告知だとかいろいろ書き綴るブログ。

野宮

はじめて能を見に行ったよ。
この前の日曜日。

野宮(ののみや)

ま、長い日記。

一応、あらすじ;
晩秋の嵯峨野の野の宮。木枯しが吹き、木々も色を失い物淋しい秋。ここを訪れた僧の前に現れた女は、今日は長月七日野の宮の神事の日なので帰れと言う。僧の問いに女は答える。光源氏の愛を失った六条御息所は斎宮となった娘と共に伊勢へ下ることを決め、禊の為に野の宮に籠っていたところを光源氏が訪れ、様々と慰留をしたが、もう二度と辛い思いをしたくない御息所は娘とともに伊勢へ下ったと語る。詳しい物語にいぶかる僧に名を明かした御息所の亡霊は黒木の鳥居に辺に消え失せる。
所の者の勧めに従い菩提を弔うと、在りし日の姿にて網代車にのり御側所の霊が現れる。その車は賀茂の祭の時、源氏の正妻葵上の車と御側所の車の据える場所の争いで恥辱の因縁深い車であり、光源氏と巡り会い恋に堕ち、捨てられた悲しみ、苦しみ、それ等は妄執となって迷妄の世界から離れられないこの苦しみを救って呉れと頼み、再び車にのり消え去ってゆく。



ま、なげー源氏物語の六条の御息所のくだりの更に一部分なんだけど、2時間以上の舞台。世界一遅い舞踊とも聞いていたので、3時間弱しか寝ていないこの体で居眠りせずにもつかすらん?と危惧もしていて、実際前半舟こぎそうにもなったのだけれど、後半がボクにとっては圧倒的でしたよ。

以下、ボクの勝手な解釈。

誰かに対して怒りを向けるということは、自分の価値観にそぐわない行いや考え方に対しての反発行為だったりするじゃない?
結局、障壁は自分の心の中にあったりするんだけど、怒ってる本人はそれに気づかないから、その要因を外部に見つけて「怒る」ということになるわけじゃない?
だから、六条御息所の葵上への怒りとかって、車を壊されたことにあるようで、実は光源氏への想いがとげられないことへの苛立ちが現れたものだと思うのですよ。
だから、その苦しみの訴えの後に光源氏への追慕の舞いが更に物悲しく、壮絶に感じられるわけだと思うわけですよ。

って、見てない人にはどんだけのもんだかは、わかんないよね。

エンターテイニングではない「能」というストーリーがありながら抽象的な表現方法をとる様式のパフォーマンスでないと多分出来なかったし、それだからこそ見る側の想像力とか人生経験の腑に落とし方が、得られる感動に直接的に影響する舞台でしたよ。鬼気迫る(少なくともボクはそう感じました)舞でございました。

六条御息所に気持ちを重ねる自分がいて、知らないうちに右の目から涙がつつつと流れましたとさ。

nonomiya

  1. 2007/11/16(金) 15:45:06|
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