underground記

音楽ユニットUnderground CAFEの★MARCO★(マコと読む)がつれづれに告知だとかいろいろ書き綴るブログ。

年末年始

ワタクシがやっておりますバーであるところの
LUCIAなんですけど、
2007年1月7日の日曜が次回の休日で
それまで、お休みなしです。
因に12/31大晦日は日曜ですが営業しちゃいます。
で、この日はミックスデイです。

そんなコンナの告知です。
では、良いお年を
  1. 2006/12/30(土) 10:11:24|
  2. 告知
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Give Me Jesus

頭に浮かぶ光景というか、
ひとつの視覚的素材を含む漠然とした塊を形にしたものなのですが、
長いし、わかりにくい内容です。
すみません。

そこには、
暗闇の中で三つ又の燭台を持つ女性がいます。

闇はどこまで続くのか、
まったく見当がつかないほど広くて、
差し出した自分の手さえ見ることが出来ないほど深いものです。
燭台のろうそくだけが一点の明かりで、
炎を見つめていると、
ある種の癒しが得られるような
暖かみのある光です。

燭台を持ち歩いている女性の表情は
ろうそくのやわらかな明かりに照らされおだやかです。
体はギリシア彫刻のモデルのようにふくよかで、
髪の毛はくせのあるクリーム色で、長い。
その神を揺らしながら、彼女は燭台を左手に
ゆっくりと暗闇の中を前へと進んでいます。
足取りは確信に満ちているように見ます。
自分の行くべきところはどこなのか、
しっかりとわかっていように。

そして突然に彼女の前には
暗闇に横たわる泥水の河が出現します。
闇に同化してしまった黒い泥水の河です。
流れは停滞しているように見えているけれど
はるか下流では濁流になり、
混沌に吸い込まれていきます。
ほとんどの音がかき消された世界の中で、
叫び声のような泥水と泥水が絡まり合う濁流の音が、
ほんのかすかに耳に届きます。

少し立ち止まった彼女は、
しかしすぐにまた歩き出します。
それが予定されていたことのように躊躇無く、
足元に注意も払わず、
遠くを見据え、
泥水の水面を歩きはじめます。
引きずるほどに長いビロードの光沢をもつ
ベージュのドレスの裾は泥で汚れてしまっているけれど、
彼女はそんなことをはまったく気にしてはいません。
彼女は歩きつづけるのです。

河の中程まで進むと再び立ち止まるり、眼下を見つめます。
ゆっくりと腰をかがめ彼女が見つめている泥水の中に
右手を延ばし入れます。
そして、
そこから引き上げるのです。

と、ここまでが、ひとつのイメージです。

このイメージは僕にひとつの曲を連想させます。
GIVE ME JESUSという黒人霊歌です。
曲を聞きながら、僕はもう届かない、
届いても伝わらないであろう手紙を書きます。

「もう、僕が紡ぎだしたものは、
貴方には届かないのかもしれないけれど、
書き綴るくらいしか出来ないので、
ここに言葉にしてみたよ。

時々、僕は何かに押しつぶされそうになるんだ。
そんな時に僕の胸の中に一緒にいてくれて、
ありがとう。

恐ろしくなるのは、
僕が貴方を支えきれないという事実なんだ。
僕は僕の中の真実を生きていくと決めたし、
それで上手く行くように思っていたんだ。
でも、時々感じるんだ。
真実と事実の間の埋め合わせることが出来ない
深い溝があるんだよ。

それはとても深い。
とても。

その這い上がれないほどに深い溝の底に、
音もなく流れる泥水の河がある。
比喩的ではなく、
瞳を閉じるとすぐにそこにいるような感覚に襲われるほどに、
直接的な《河》なんだ。
そして、僕はその河の中にいる。

貴方が夢に出てきたときや、起き抜けにふと、
貴方が脳裏をよぎった時は、つらくて枕を抱えて、
しばらくじっとしていた。
貴方のことを考えているから、つらくて、
貴方のことを考えているから、救われているんだよ。
変な話だよね。

心にいる貴方といっしょにいることで、
なんとかやり過ごせているだけれどね。

貴方は大丈夫ですか?
つらくはないですか?
僕は多分、貴方のことを助けたいし、
同時に貴方に救われたいのだと思う。

ねえ、僕の声は届いていますか?」

僕が河の中にいるイメージが飛来します。
河の中に投げ込まれ、
上から押さえつけられているところです。
生暖かい泥水は僕の中に入ってきて、
僕を汚していきます。
とても効率よく、間違いなく。
僕は溺れ、自分が傷ついていくことを感じています。
でも、もしかしたら、
僕の方が泥水よりも汚れているのかもしれないし、
僕は泥水の中で癒されているのかもしれない。
その方が正しいことなのかもしれない。
わからない。

目をつぶり、体の力を抜き、
河に身をあずければ全てが終わるのです。
僕はただ泥水の流れに押し流され、
遠くの濁流に僕の体が飲み込まれる頃には
時間の後ろにも前にも僕は存在しなくなるのです。
僕は泥水から這い上がるには疲れすぎているし、
もう、充分悲しんだ。
枯れるほど涙が流れた。

「いいんだ、これで。
もう、いい。」
あきらめればいいんだ。

僕は瞳を閉じます。
人の声が聞こえます。
かすかな濁流の音ではなく、
かすかな人の声です。
どこかで、誰かが歌っているのが聞こえるのです。
朗々とした旋律が流れだし、
その旋律は4つの声に分れて、
原始的な温もりのある調和が生まれます。
そして声は僕の内側までにも静かに低く響いていきます。

"Dark Midnight was My Cry
Dark Midnight was My Cry
Give me Jesus"

「暗闇の真夜中は私の嘆きです
 暗闇の真夜中は私の叫びです
 イエスよ、どうか供にあってください」

その時、僕はまだ自分が何かを求めていることに気付きます。
僕は手を上に差し向け、水面に触れると、
誰かの手が差し出され、僕の手に重なります。
次の瞬間、手は信じられないほどの力で僕を引き上げ、
僕の体は宙に上がり、岸へと引き戻されます。

岸辺に戻された僕は、泥水を吐き出します。
とても苦しい。
僕ははじめて自分がとても苦しかったことに気付きます。
誰もいない岸辺は闇に包まれ、
燭台のろうそくの灯りだけが僕を照らし、
濁流の音だけが僕の耳にかすかに届きます。
人の声はもう聞こえない。

僕は、僕を助けてくれた、
その手は実は誰のものだったのかを考えます。
大いなる力は、
もしかしたらイエスやマリアからのものだったのかもしれない。
もしかしたら、あの人のものだったのかもしれない。
でも、僕自身のものだった気もします。

僕は助かって、
あの人の言った言葉や
僕自身やったことや、
いろいろな助言や優しさ等を考えるのです。

全てに感謝したくなるのです。
これが伝わらなくても、
やはり届けたい言葉があるのです、
長くなりましたが。

「とにかく一緒にいてくれてありがとう」

素敵なクリスマスを!
2006年12月25日
  1. 2006/12/25(月) 11:42:42|
  2. 音楽
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烏賊と鯨

「イカとクジラ」

久しぶりに、
タイトルだとか、
プロットだとか、
こまっしゃくれ具合だとか、
自分からすすんで見たい!という映画だったので、勇んで見てきた。

で、なかなか痛い感じの映画だった。
気に入ったか、気に入らなかったか、と言えば、
気に入ったのですよ、奥さん。

3週前に「トーチソング・トリロジー」をパルコ劇場で見て、
先週、Angels in AmericaのDVDが届き、見て、
昨日、「イカとクジラ」を見て、
別に、意識的に選んだわけではないのだけれど、全て、80年代のニューヨークを舞台にしている。
それぞれに、悲劇的なテーマを含んではいるのだけれど、絶望的なエンディングではないこれらの作品に触れて再確認したけれど、アメリカの映画や演劇の脚本はすごく良く出来ていますよ。もちろん全てのアメリカ映画というわけではないし、日本がダメってわけでもないけれど、演劇と映画を支え、それを大好きな人達の層があの国って、やっぱ分厚いよ。ハリウッド映画=おバカ大作みたいなものだけがアメリカ映画ではない。

「イカとクジラ」
はエンターティメントではないです。
分析せず見て欲しいなあ、という映画。
でも、ヒトリで行け。

解ろうとする能動的態度は必要。俯瞰したままだと、この映画から得るものは少ないかも。「痛いものは痛いけれど、それを受け入れる」ということをきっちり描いている映画だと思うので、見ていて結構つらい。

無意識的に自分の中の優劣が「知的であるか否か」ということに固執しまっている人は、自分の弱さを知性で守ったり隠したりして、相手の懐入って行き難くなっていて、対人関係でも客観的であったり時に批判的なんだけれど、寂しさや虚無感を頭で整理仕切ろうとしてしまうので、いびつな生き方になってしまうのがつらい。

欲に対して従順で、感情的に生きることに対して無意識に肯定的な人は、倫理を軽視しているようで、自分を守るもが知的すぎない道徳心(しかも我を守る為の)であったりするので、転じて人と交われなくて、一番したいことをしているはずなのに常に虚脱感が伴っていてつらい。

自分が傷付いていることを自覚していない人は、自分が予想だにしない行動をとってしまい、第三者を通じてそれを反芻するように自覚してしまって苦いし、つらい。

んで、段階の差こそあれ、全部自分に当てはまるのでやっぱりつらい。

ってなこと(もっといろいろだけれど)を、たんたんと描いているいる映画であり、役者陣も仰々しくなく自然に上手いので、画面から迫ってくるものがリアルなの。

でも、決して絶望的ではないし、見た後にちょいさわやかな気持になった。重いものを重々しく描いていないからかもね。それから最後のシーンでメインの登場人物4人中の1人の男の子が「イカとクジラ」を見つめて、何かを感じ取る姿が映画全体の重さを救っているのかもね。

因に、見ていない人にはわかりませんが、
ワタクシはお母さん役のLaura Linneyサンが
"burgers!?"って叫ぶシーンで、なんだかキュンときたよ。

******************************

告知〜
年末年始なんだけれど、
大晦日とお正月、両日ともやることにしたよーん。
だらだら〜
  1. 2006/12/11(月) 13:49:03|
  2. その他
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★MARCO★

Author:★MARCO★
172*58
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