underground記

音楽ユニットUnderground CAFEの★MARCO★(マコと読む)がつれづれに告知だとかいろいろ書き綴るブログ。

長距離走

今年よく考えたこと。
人生のパートナーについて。

当然と言えば当然かもしれないけど、
全ての人と同じ距離感を保ちつづけることは、今の僕では出来ない気がする。

この歳になると、人との摩擦や
自分自身の葛藤がかなり面倒くさくなる。
はじめから気が楽な付き合いを求めてしまう。

どの人にも、それぞれのレベルで価値観の違いを妥協できる。
攻撃的に接してこられなければ、あまり面倒にも感じない。

他の人なら見過ごせることでも、
友達なら一言言いたくなる。

友達なら許せることでも
恋人だと容認できない。

とか。

一緒にいて楽というだけではない何かを得ることを
今のところ僕は諦めていないの。

僕を迷わせ混乱させても、
僕を称賛の言葉で嘲ても、
僕を自分勝手に利用しても、
僕に愛することを強要してきても、
僕を無理に奮い立たせてくれても、
その人がいるから生きていける。

同じようにおびえながら
今を生き抜いていくために一緒にいることができる。

あまり定義付けはしたくないけれど、
「共存」は、すべてが合致して摩擦がない楽な状態ではなくて、
摩擦して消耗しても、一緒にいることを選択することだし、
それだけの価値があることかな?と。

二人の他人が、付き合ったり結婚したりすることの意義についてあらためて考えてみると、僕が傷つくことを恐れて、どれだけの言い訳をしてきたか、頭の中で顕在化してくる。

今年、よくよく考えたことを
(あんまりうまく書けなかったけど)
2007年のクリスマスメッセージとさせていただきます。

ほんで、そんな内容の歌“Being Alive
この曲でコレだ!っていう歌唱がないのだけれど、
僕の好きなBernadette Petersで、よろしければどうぞ。
  1. 2007/12/25(火) 19:02:43|
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パリ、ジュテームという映画

思い入れありーので長い日記になってしまった。

映画という媒体が、通常、2時間程の「ストーリー」を展開していくというところで、音楽でいうところのオペラに近い形態であるのに対して、「パリ、ジュテーム」のようにオムニバス形式の映画はリサイタルというプレゼンテイションに近いと思う。

巴里という街を舞台に「愛」をテーマに異なる18人の監督が5分〜10分ほどの短編をそれぞれに制作し、まとめた作品なのね。ジュテーム!

秀作、(いい意味で)愚作、駄作、いろいろ混ざり合い、でもそれが映画全体を通してみると心地よい、寒暖、緊緩、を生み出している気がする。ずっと緊迫してばかりの映像は見ていて疲れるでしょう?
デュパルクのコジャレた曲の後に、壮大なベルリオーズの大曲が来て、その後プーランクの切ないメロディが流れ…のような、まったく異なる曲調の小作品が並び、でもひとつのパフォーマンスとしては流麗である歌曲のリサイタルのような映画。

その中で、特に印象に残った作品は、パリ6区のあるレストランを舞台に、初老のアメリカ人夫婦の離婚調停前夜の模様を二人の会話劇で進行していく「カルチェラタン」。怒りとかやりきれなさを乗り越えてきた二人が、メランコリックで洒脱に交わすやりとりにキュンときましたよ。

もうひとつ、このオムニバス映画の中の最後の作品であるところの「14区」は、フランスに憧れて数年間に渡りフランス語を勉強してきたアメリカの片田舎で郵便局に勤める独身の中年女性の初めての、しかも一人での渡仏を彼女の視点から手記風に語る作品。

多分にパリジェンヌにならんと、フランス語で地元の人に話し掛けるも、英語で返されてしまったり、読み違いをしたり、彼女は憧れの土地にはいるけれど異邦人であり他所から来た部外者であり、そして一人ぼっちなのだ。期待どおりの美しい街並みのなかで、その場所を通り過ぎていくだけの旅行者でしかない。

そんな彼女がパリ14区にある公園のベンチ腰を掛け、サンドウィッチを食べながら目の前のなんでもない光景を見ている時に、ひしひしと自分の中で生まれてくいろんな感情が入り混じった感覚というのが、スクリーンを見ているワタクシ個人的にはひどく共感できるもので、ちょいと胸にぐぐっときてしまいました。

それはうまくは説明できないけれど、
一人で異国の地で旅をしている時に急にやってくるもので、
自分自身を確認する心の作業みたいなものなんだけれど。

例えば、ワタクシの場合は、
ひとりで夕暮れ時にアリゾナの砂漠にのびる対向車もあまりこない一本の道路を運転している時に、路肩に車を止め、地平線に沈んだ太陽の残り香のように仄かに砂漠を照らす光の中に遠くの方に微かにトレイラーハウスが見えたときに何故か起こった感覚であり、

また、パリのアパートメントを引き払う際に、全てのパッキングを終え、ほっと一息ついて窓の外に並ぶマレ地区の家々や人々、燦々と入り込んでくる日差しの向こうの光景をぼんやり見ながら、思うことであったり、

そんなことなんだけれど。
よくわかんないかな?

思うんだけれど、旅は人を変えはしない。けれど、今まで自分が積み重ねてきたものや、考えてきたことを、違う環境下で、主観と客観の入り混じった視点で、自分自身と対峙させられる時、何か心の中で変わりはじめたり、新しく生まれてくる感覚みたいなものがあるのだと思うの。

旅は人を変えない、けれど、人は何かの境遇をくぐり抜けたり、誰かと痛いほど真剣に向き合うことで、新しい心の方向を見出せたりするし、そのきっかけが旅であることはあるでしょう?

世界は広い。

そんなこんなをエンドロールをぼんやり見ながら考えていましたよ。
パリ、ジュテーム。
今のところ、今年一番のお気に入り映画でございます。
  1. 2007/04/15(日) 06:44:30|
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クリスマス

ギリアデの香油は何でも癒してしまうそうです(昨日の日記から)すごいですね。

そうそう、今日の日記はオチとかないけど、
私が好意を寄せる歴史上の人物のひとり、
イエス・キリストの誕生日と言われている日なので
(本当にこの日が誕生日であったかどうかは、どうでもイイのだよ)
皆様に真面目にメッセです。

コメントは恥ずかしいので要りません。
本当に要らない。

私に貴方の傷を治癒したり、
心の空白を埋めることができるかといえば、
正直、自信はありません。
何にでもよく効く香油なんてのも、持っていません。

私にできることと言えば、貴方の横にいてあげることです。
愛してあげることです。
よく憶えておいてください。
絶対に孤独にしません。

人に尽くしている貴方が、虚無感に襲われ、
無条件に誰かに抱きしめて欲しいと感じている時に
貴方の肩を抱いています。
貴方が優しい心を持っていることを知っています。
自分の優しさで、自分の弱さを隠し、
他からの愛情を不器用に受け入れられないのかもしれない。
そして、自分は与えるばかりと嘆いているのかもしれない。
その悲しさの傍らで私が泣いていることを知っていてください。
受け入れることは、与えることです。

貴方が誰かへの怒りの感情の中に身を置き、
心が震えていたとしても、
貴方が怒りの鉾先を向けた対象をどうしても許せない時に、
横で貴方の手を握ります。
不当な扱いを受けた心が泣いている時、
正義感を傷つけられた時、
それは、貴方が貴方自身を許せない時だから、
心の震えが止まるように、一緒に悲しみを分け合います。

もし貴方が、不治の病になったとしまっても、
そしてそれが貴方の行いによるものだとしても、
例えば、不特定多数の人と性的交渉をもってしまったが為に
HIVのキャリアになってしまったとしても、
私は貴方がぶつけようのない不安の中に身を置き、
独りで問題に対峙していこうとしている時に
必ず一緒にいます。
自業自得と、無言の責めにあい、疎外感を感じている時、
そして自身の責任を独り償おうとしている時に
貴方の傍にいます。

愛しい人が貴方のもとを去って行き、
貴方が、心の隙間を埋めるために
激しい痛みと向き合っている時に、
貴方と共にあります。
その痛みは、貴方だけのもの、
貴方にしか感じられないものだから、
貴方は一人にしておいて欲しいと思うかもしれません。
でも、すみません。一人にしません。
貴方は私の人生を横切ってしまいました。
すべてが終わって気付いてみれば、後悔する事もあるはずです。
貴方がそこで学んだものもあるはずです。
でも、自己責任とか新しく学んだ事とか、それを知ったところで
貴方の傷が軽くなるものではないのです。
痛い時は痛いし、苦しい時は苦しいのです。
だから、一人にしません。

ごめんなさい。
私は聖人ではありません。
瞬時にして傷を癒す事のできる香油も持っていませんし、
痛みを取り除けるような奇蹟を行えません。
物理的に何も出来ません。
医者ですらありません。

私は貴方と同じ人間です。
でも、だから、
貴方が体がきしむくらい震え、
涙を流しながら起きる朝も、
私は痛みを分け合おうと思います。
暗闇の中で、どこに行っていいのかわからずに
途方にくれている夜は、
朝まで手を握っています。
私もどうしていいのかわからないかもしれない。
でも、貴方を見続けるし、共にあります。

たとえ、私が何らかの理由で貴方と離れなくてはならなくても
貴方が、貴方の心を信じてくれるなら、
私は必ず貴方と一緒にいます。

人は、一人で生まれてきて、一人で死んでいきます。
人はひとりひとり違い、
完全に理解し合える事はないのかもしれません。
人は自分で種をまき、それを育て刈り取らなくてはなりません。
人は結局ひとりなんだと、貴方は思うかもしれません。
でも、無機的にさえ思える自然の摂理の中で縦横無尽に広がり
個を結び付ける力が愛なんですよ。
だから、私は、貴方を独りにさせません。
貴方の辛い時には私も心の悲しみの中にあります。
一人でもがき苦しんでいる時には貴方を強く抱いています。

ずっとですよ。

テーマ:クリスマス - ジャンル:日記

  1. 2005/12/25(日) 23:59:52|
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